わが国の創薬力低下を嘆く声が多方面から聞こえる昨今、日本企業の“創薬力”はそんなに情けない状態なのか。そもそも“創薬”とは何なのか。前編に引き続き、日本薬学会創薬科学賞を受賞した自社創製薬を具体例として考えてみたい。

 

第一三共:受賞の2剤ともブロックバスターに


【期待される次世代の抗体医薬】第一三共のトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd、エンハーツ、25年度受賞)は、次世代の抗体医薬品として注目を浴びている抗体薬物複合体(ADC:antibody-drug conjugate)。1抗体あたりの薬物抗体比は約8。


 T-DXd は、❶ヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2) に対するヒト化モノクローナル抗体に、❷リンカーを介して、❸トポイソメラーゼI (Topo-Ⅰ)阻害作用を有するカンプトテシン誘導体(DXd)をペイロード(標的細胞を死滅させる細胞傷害性薬物)として結合させている。販売名ENHERTUは、治療アウトカムを高める(enhance)ことと、HER2に由来する。


 同剤は、腫瘍細胞の細胞膜上に発現するHER2 に結合して細胞内に取り込まれた後、リンカーが加水分解され、遊離したDXd がDNA 傷害作用とアポトーシス誘導作用を示すこと等により、腫瘍増殖抑制作用を示す。また、DXd は膜透過性を有し、隣接腫瘍細胞に対しても細胞傷害を引き起こすバイスタンダー殺細胞効果が薬剤の作用に寄与している可能性がある。


 20年国内承認時の効能・効果は「化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能又は再発乳癌(標準的な治療が困難な場合に限る)」だったが、現在の適応疾患は「化学療法歴のあるHER2低発現の手術不能又は再発乳癌」のほか、NSCLCや胃癌も含む(詳細は添付文書等を参照のこと)。


【バイオ医薬品の国内生産を目指して】研究開発チームによる「新世代抗体薬物複合体DXd-ADC 技術の開発」は、22年に一般社団法人バイオインダストリー協会の大賞も受賞している。受賞時のインタビューによると「ADC技術で世界に打って出られる強みをつくろう」と09年に検討を開始。翌年、合成研究、in vitro評価、in vivo評価など専門性の異なるメンバーが集まった。社内の化合物ライブラリーから、候補薬物としてベストの抗腫瘍活性を示す「DNAトポイソメラーゼ阻害剤DX-8951」を選択。抗体でTopo-Ⅰ阻害剤を確実に病巣に届ける薬剤をつくることにした。


 既にHER2発現乳癌を標的とする多くの薬がメガファーマから上市されていた中で、当初、HER2のみを前面に掲げた研究は困難であったため、HER2以外の標的も含むADC技術全般の開発を3年計画で進行。基礎研究の後、第1相の段階で、HER2を標的とするDXd-ADCで期待通りの有効性が得られ、社内で応援の声が醸成された。


 成功の決め手は「DX-8951をもとにした、ADCとして有効・最適なDXdの新規デザイン」と「DXdを遊離させる新規リンカーの設計・開発」だったという。過去の失敗も丁寧に考察し、新たな要素を加えることで応用展開が進んだ。


 研究者らは、日本の製薬会社における研究開発の継続性を考えるとき「試薬、部品などを大体、海外メーカーから輸入していることが気になる」「バイオ医薬品も国内品で生産できる仕組みづくりが重要」と語っている。


【今後の薬剤開発につながる技術】エンハーツは、同社の抗凝固薬エドキサバン(リクシアナ、19年受賞)とともに、年間売上収益が1,000億円を超えるブロックバスターとなったが、他にもDXd-ADC技術から良好な臨床成績を示す複数の開発品が得られ、その汎用性も示されており、この薬剤にとどまらない価値を持つと考えられる。具体的には「Dato(ダトポタマブ)-DXd(標的抗原TROP2)」「HER3(パトリツマブ)-DXd(同HER3)」「I(イフィナタマブ)-DXd(同B7-H3)」「Raludotatug-DXd(同CDH6)」。同社はT-DXdを加えて「5DXd ADCs」と称し、供給戦略も見据えながら開発を進めている。

 

■武田:P-CABは承認から10年後も売上首位を維持

 ボノプラザン(タケキャブ、16年度受賞)は、既存のプロトンポンプ阻害剤(PPI)とは異なる作用様式でプロトンポンプを阻害するカリウムイオン競合型アシッドブロッカー・P-CAB(potassium-competitive acid blocker)。


【既存の自社PPIを分析し課題を克服】プロトンポンプは、生体膜において水素イオン(プロトン)の能動輸送を担う膜タンパク質の総称だ。胃のプロトンポンプが胃酸分泌の最終段階で働くH+,K+-ATPaseであることがわかって以降、90年代にPPIが登場したが、00年頃からPPIによる治療の限界が明らかになってきた。そこで、武田では、自社のランソプラゾール(LPZ、タケプロン、92年国内承認)の課題を分析し、「効果の発現時間のばらつき」「効果の個人差の大きさ」「不十分な夜間酸逆流抑制」「効果の立ち上がりの遅さ」などの問題を整理。03年から自社化合物ライブラリーのハイスループットスクリーニングから56万化合物を評価、リード化合物の最適化を経てボノプラザン(TAK-438)を見出した。


 既存のPPIは酸の存在下で活性体に変換され、プロトンポンプと共有結合して酵素活性を阻害する。一方、P-CABは酸による活性化を必要とせず、K+と競合的な様式でイオン結合を形成することで可逆的に酵素活性を阻害すると考えられている。また、塩基性の性質を持ち、酸性環境下でも安定で、胃壁細胞の分泌細管に高濃度に集積して長時間残存する。この性質により血中薬物濃度の低下後、新たに分泌細管の膜上へ移動してきたプロトンポンプも阻害することができると考えられている。


 適応疾患は、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、逆流性食道炎、ヘリコバクター・ピロリの除菌の補助で14年の承認時と変わっていない(詳細は添付文書等を参照のこと)。22年には同じ効能・効果のOD錠も承認を受けた。


【今後の自社創製薬候補】近年、同社で創薬科学賞受賞薬はないものの、22年に小児難治性てんかん治療薬ソチクレスタット(TAK-935)が、「医薬品として上市に至らずとも、原則として新規な化学構造を有する薬物もしくは生物活性化合物に関する独創的な研究」や「新規な技術・方法等で創薬研究に寄与する独創的な研究」に贈られる日本薬学会医学化学部会賞を受賞している。


 TAK-935は、脳で発現し、脳コレステロールの恒常性バランスを調節するコレステロール24ヒドロキシラーゼ(CH24H)を阻害するファースト・イン・クラスの経口剤だ。24年6月、ドラベ症候群およびレノックス・ガストー症候群を対象としたTAK-935の第3相試験トップライン結果が発表されたものの、去る12月13日に行われたばかりのR&D Dayでは触れられていない。